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シンプルな料理への道も遠く

reikonさんが、ご実家の食生活と、今の自分の料理のことを書かれていて、経過は違っても自分も少し似てるなぁと思ったので、書かせて(&トラックバックさせて)いただきます。

うちの実家も、父が、何皿も違うおかずが出ている、そんな食卓じゃなきゃいやだ、というタイプです。そのくせ、お肉もお魚も嫌いとか、キノコはひとかけらも食べないとか、すごいわがままな偏食。まぁ、田畑に囲まれた田舎なので、好きな旬のものばかり毎日出る(例えば、春は菜っ葉のごまあえとか、夏はきゅうりもみをどんぶり一杯など)こともありましたが、毎日毎日、母は何種類ものおかずを作っておりました。さらに、帰宅時間の遅い(太めな)弟の食事の用意もあって、その都度また、栄養バランスに合わせて作ってるものですから、実家の母の台所は、小さい鍋がいくつもあって、さながら「お客さんが来たら、その人に合わせて作る」レストランの厨房のよう。母もそう話してましたし。

子供の頃、料理にははなっからまるで興味がなく、実家で好きなように生活してた頃はそんなことは何とも考えてなかったのですが、進学で一旦家を離れ一人暮らしをし、結婚して、10年以上ぶりの里帰り出産による長期滞在。私たち家族を支える舞台裏は、実はこんなふうになってたんだと、初めて思い知らされました。そんな母の料理を、長期間まのあたりにして、嫌でもいろいろ影響を受けました。もちろん、「こんなわがまま(父)相手の料理なら、私はとっくに放棄してる」というのは当然ですが。

そして、里帰りが終わって家に戻って、そう、なんとな〜く、何皿もおかずが並んでないと「かっこ悪い」ような気がしてならなくなってしまいました。ので、育児もしながらせっせと料理も。けれども、もともと料理に詳しくない私は、「本に載ってる(簡単な)もの」はそのとおりにやればできることはあっても、「献立が浮かばない!」のです。少ないレパートリーを駆使しつつ、しかも、洗い物が増えて負担増。

このように、なんだかつらい方へ傾きつつあったこの行動パターンですが、やっぱり転機が訪れました。それは、「夫が太った」こと。要は、副菜でも量を多く作りすぎ(&食べすぎ)だったようです。健康診断でちょいとひっかかってしまったこともあって、もう、あまりお皿の数にこだわるのもやめました。夫も、品数については「別にぃ」というタイプだし(そして、お酒も減らしたせいで、今では見違えるようにやせて…)。

そういうわけで結局は、献立も考えて、一応それなりの数のお皿が並ぶ日もあれば、それこそ「シンプルでいいじゃない」という日もあって、我が家の食卓は一応の落ち着きを見せてるようです。いや、そうでなくても、子供用、離乳食用と、カレーライスでさえ複数の味を作らなければならないのですから、そのくらいはかんべんしてよ、ということで。

一方で、シンプルなワンディッシュメニューとなると、とたんに困るのが、中に入れる野菜の種類。できるなら、なるべくたくさんの野菜を取る食生活がしたいです。「1日の30品目の食材を」なんて運動もあったことですし(あまり30に根拠はないらしいですが)。となると、「野菜料理」の本や特集を手にするわけですが、「トマトの○○」とか「ダイコンの△△」など、こういう本で紹介される料理って、決まったある1つの野菜が主役の料理ばかり。それこそ、こんなのばっかり作ってたら、30品目達成のためには何種類おかずが必要? 献立にすると、何皿並べるわけ? 今の私には全然役立ちません。

子供達も小さいし、ここのキッチンは狭くて不便だし(言い訳)、「シンプルでいいじゃない」と条件をゆる〜くして料理にとりかかろうにも、なかなかそうは簡単にはいかない、料理下手の私です。

「ステーキ肉を使った野菜いため」、とってもおいしそう〜。でも、ステーキ肉は子供がまだ噛めないでしょう。これを作るなら、やっぱり何か、もう一品おかずを用意しないと。