先日、チームみらいの街頭活動に参加してきました。
その活動内容ではなくて、写真の話です。
やってきた話を簡単に写真つきでSNSにあげるわけですが、自分のはこんな感じ。
今日はつくばにて、チームみらいの武藤かず子さん、サポーターのみなさんと街頭活動をしてきました。せっかくなので、1月の時の写真と同じところを並べて投稿。
— おばやしあやの (@cam_ob1) 2026年4月26日
ビラ配りもですが、サポーターのみなさんと改めて会えて、はじめましての方もいらっしゃって、お話もいろいろでき、楽しかったです! pic.twitter.com/h86vI0bSac
1月と4月の比較。
その間に、選挙があって当選してという喜びも込みでこんな書き込みになるわけです。
比べてみて、違いを見せて、その意味を知ってほしい、みたいな。
一方で、別のサポーターさんが立派なカメラをお持ちで撮ってらっしゃいました。
そちらはここには貼りませんが(リポストはしてる)、背景を完璧にぼかして、メインの人物の表情や動きを際立たせてました。
写真全体の雰囲気もステキで、主役の優しい感じがよく出てます。
SNSには出してないのですが、活動報告で他の写真も見せてもらったのですけど。
周りにぼかされて写っている他のサポも聴衆もいい感じに写真の中に配置されていて、さすがでした(ご本人、写真のプロだそうで)。
なんか、同じ現場、同じ被写体を撮ってるのにこんなにも違うのがくっきり出ているのが逆におもしろくて。
それは、機材がスマホだからとか一眼レフだからとかではなくて、投稿の仕方も含めて、撮影者(投稿者)が何を説明したいのか表現したいのかの考えが、写真の中に現れているなと思ったのです。
だって自分、上の投稿どおり、4月の写真だけ挙げればいいものを、1月と並べているあたり
「比べたい」「違いを見て!」
という私の意思がダダもれ。
ということは。
普段、自分が撮ってるなにげない写真も観光地の写真も、私の気持ちとしては“いつも”そんな感じなんだよな、と思い知らされたのでした。
初見ものでも(多くはそうなんだけど)「ここに発見した!」みたいな。
それだダメだというわけではないですが、その前提をわかった上で、あえて外すとか、撮影時にはたまには意識してみたいです。