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“隣の物理学者”とは

科学技術コミュニケーション

シンプルライフの記事を書いてらっしゃって、本も何冊か持っております金子由紀子さんが、「隣の物理学者」というブログ記事を書いていました。ので、「あぁ、それって、この地なら自分のことかも(学者じゃないけど)」と思ってコメント書いたのが数日前のことです。

まだ3月のこと。水戸で仲良くなったママ友さんに、「○○さん(私のこと)が逃げるって判断になったら言ってね。そしたら私も逃げるから」と言われていたのを思い出しました。彼女には、私が科学技術コミュニケーションな活動をしていることも知ってもらっているので、そのように判断したのでしょうけれども、上の記事と同じことですよね。

金子さんは、あまりお話したりしたしないけれどもそういう専門的なところにお勤めであるご近所さんや、お友達の情報をもとにそのように判断したんでしょう。

原発事故や放射能の危険性やその他、あふれんばかりの様々な情報を精査し判断することはできなくても、身近に、詳しい話は聞く余裕は(今は)なくとも、信頼できる人がいればいると、それが重要な判断材料になるのではという例でしたが、それって、何も、大学の物理学者でも、お役人でなくても良くて、地域にいる科学技術コミュニケーター(みたいな人)がすべき役割なのではないのでしょうか?

と思ったら、週末にあった科学技術コミュニケーションのフォーラム(横串会つながりのkasaさんのブログ記事)で、「身近なコミュニティー内での日常的なコミュニケーションが大事」というお話が訴えられたそうです。それって、学者がテレビであれこれ言うのより、人となりを知るような身近な人との対話、という意味ですよね。

実は、東京なんかではなくて、本当に被害を受けたりしている(風評含め)被災地にどのくらい、地域密着なコミュニケーターがいるのか、小さくともどんな活動をされているのか、気になってます。

震災と原発事故後、自分自身、ほとんど活動できてないようでいて、実はなんでもない時の積み重ねが今、生きてきているのではないかと感じたのでした。もちろん、今後も情報収集は怠りないように。