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広島観光

子どもとお出かけ

翌日は、広島在住のしいたさんの案内で、広島市内観光をいたしました。前回は、大阪でのSCRIPTライブでご一緒いたしました(id:camelopardalis:20080330)が、それ以来でした。しいたさんのお嬢さんとは初対面。ブログ等で近況を知っているだけに、初めてなんですけどなんか親しみわきます。そんな彼女とお嬢さんと一緒に歩いた一部始終をこちらに。

と、観光の前に、しいたさんの今の本職であるそろばんをホテルの室内で実演してもらいました。パチパチやってる姿は決して派手ではないのですけど、何桁もの計算をさっさとやってしまう姿に、私なんてそろばんも暗算でもできないものですから、「すごい」の一言です。同じようにうちの子供達にもどんな感じか見て驚いてもらいたかったんですけど、あまりに何もしないうち(?)に結果が出てしまうので「よくわからん」と思われてしまったみたいです。むー。


ホテルを出て、お昼には、新しい広島名物のつけめんをいただきました。子供達は辛くないの。大人はちょっと辛いのを。


お店を出てからは、原爆ドームへ向かいまいした。電車を降りたところで被爆者というおじいさんに声をかけられまして、原爆ドームの建物のことや、昔のことをお話していただきました。私たちが連れていた子供が1年生や幼児で、原爆どころか戦争が何だかもよくわからないからなのでしょう。おじいさんは、家族や街を失った悲しみや被爆したことによる身体のつらさを語るのではなく、「この建物には螺旋階段があって、そこで遊んだんだよ」「川を泳いで家に帰ったんだよ」「資料館がある、ここに家があったんだよ」と、子供の頃の楽しかった思い出を悲しい様子も見せずに話して下さいました。

「天神町北組の跡」に毎日お水をあげに行く、というそのおじいさん。被爆の体験をいろんなところで語ってらっしゃってネットにもいくつも記事が出てるので、紹介しても良いでしょう。山崎寛司さんでした。

平和記念資料館に着いたところで山崎さんと別れ、私たちは資料館も見学しました。途中、下の子が昼寝しちゃって私自身は中を十分見れなかったのですが、上の子はしいたさん親子と一緒に、わからないなりにも広島に起きたことやたどった歴史を、少し、頭に入れることができたようです。戻ってきて、「○○の国は爆弾を××個持ってるんだって!」とか説明してくれましたが、その意味するところを理解するのはもう少し先でもいいかもしれません。

しかし、春休みだからか桜の季節だからなのか、さすが、世界遺産でもある原爆ドームと資料館には、外国人に親子連れに観光バスでやってきた団体さんに、本当に人でいっぱいでした! 私もまた来たいです。

資料館の次は、子供の希望で

広島城を見て帰りました。ざっとではありましたけど、この地に人が住みはじめ、宮島がにぎわい、毛利氏がおさめ、そして近代へ…。資料館と合わせて、広島の歴史を眺めることができた気がします。広島城も原爆の衝撃に勝てるはずもなくその時に全壊し、今建っているのは、外観は古そうに見えますけど、中はビルな博物館でしたね。中に、刀の鍔(つば)をいくつも展示してあるところがありまして。そう、これぞ本物な「秘伝ディスク(←シンケンジャー)」です。それぞれ異なる装飾がほどこされた鍔をいくつも見たのは初めてだったので、親子そろって「すごーい」ってなってました。

ここで、しいたさん親子とお別れ。次こそはライブで! いや、観光でも。またお会いしたいものです。

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というわけで、前後入れて4泊5日の旅。なんとか無事に帰ってくることができました。考えさせられたこと、驚いたこと、その時思っててもやっぱり日が経過すると忘れていきそうなので、こうしてなんとか書き残しておくことは大切ということで。