教育学者 大田堯先生

科学技術コミュニケーションつながりのある方の紹介で、先週末、教育学者の大田堯先生の講演会へ行ってまいりました。一部の方は講演会の前に先生の本を読む勉強会を持たれていたということで、急遽、図書館でその本を借りてきて読んでから臨みました。

子育て・社会・文化 (岩波市民大学 人間の歴史を考える 4)

子育て・社会・文化 (岩波市民大学 人間の歴史を考える 4)

多分、教師を目指された人ならば、この先生の名や本は知ってて当たり前みたいなんですけど、縁がなかったと言うべきか、知らなかった自分がちょっと恥ずかしいですね…。

この本は「人間の歴史を考える」シリーズなので、全体としては、子育て(つまり教育)やそれをとりまく社会・文化の歴史を示しています。人間とは他の生物と比較してどういう生き物なのか、何が似てて(同じで)何が違うのかをとらえなおした上で、子供を育ててゆく上で何が求められ、育ち方・教え方がこれまでの歴史(世界も日本も)でどう変化してきたのか、どいうことが書かれています。その上で、今の問題と照らし合わせて、教育において何が問題なのか、何に重点を置くべきなのかが書かれています。

歴史上、これまでたくさんの人が教育について語っていた、引用されたその言葉それぞれが「そうだったのか!」や、「今、足りないのはこれだよな」と思わされるものばかりでしたが。一番印象に残ったのが、孟子の、

人の愚の大いなるは、好んで人の師たらんとするにあり

でした。はい、専門家もコミュニケーターもしゃべりすぎ! ですね。

教育が社会制度化されて、国や産業などの利害関係がからむようになってしまっている今、そこから完全に抜け出してしまうことはもはやできません。けれども、子育てにおいて本当に大切なことは、子供たちそれぞれの特質を生かすことということを胸に置いて、子供と対してゆかなければならないと、改めて思いました。


さて。講演会のタイトルは、「社会の転換と子どもの学習権」でした。

先生は、91歳だそうなんですけど、とーーってもお元気で驚きました!! 話も明瞭ですし、笑いのポイントも押さえてらっしゃるし、その上、話が進むにつれて声の大きさに(すなわち主張を訴えるのに)力が入ってくるのがわかります。

子供たちが失業状態に置かれている、ということから話は始まりました。子供の本来の仕事は(主に自然の中での)遊びであり、さらに、大人社会の中であてにされて育ってゆく(簡単に言ってしまえばお手伝いから始まる仕事)ですが、それが失われていることが、人権侵害だというのです。

ただ、これまでの社会が消費中心の欲望肥大社会、つまり自己中心な社会でしたが、現代、環境問題や金融危機などの課題が明らかになり、どうやら転換点にさしかかっているらしいようで、他者のことも考えるようになってきつつあります。なので、子育てにおいては、みんなが力を貸し、ともにかかわり合い、違いを受け入れるようになるべきだそうです。そして、それがやがて、本来の子育ての目的である、子供が自分の持ち味を知ることにつながるのでしょう。「全ての人が持ち味を生かした仕事を!」という理想(夢)を最後に語ってらっしゃいました。

この、壮大な「夢」のお話。正直、誰もが自分を生かせる、やりたい仕事ができるわけないじゃん! そんなことしたら社会のシステムが維持できないし、様々な理由でやりたいことができない人だって世の中にはたくさんいるし、とか思ってたんですけど。質問コーナーの時に例としておっしゃられていた、寝たきりになってしまった人がその目の輝きだけである人を変えた、というお話を聞いて、生きてさえいれば持ち味も持ち続けられ、それを生かしたことができるし、それがはるか遠くの夢であっても、決してつかめないものではなさそうだというふうに感じさせてくれました。

学校教育現場の問題や、子供達の自然とのふれあいが足りないことに関して、理科教育が話題になる場面もありましたね。ノーベル賞を受賞された益川先生の言葉を引用されつつ、「教育はアートであり、演出力が必要」ともおっしゃられておりました。

というわけで、この場では飛び入りな感じに近い私も、最後に質問をさせていただきました。

「子供向け、大人向けに関わらず自然体験系のイベントをやってはきているけれども、それが教え込みになっていないかという不安もあるし、参加した人がその体験を何かの糧にできているという実感がその場で感じにくいわけだけれども、信じるしかなのでしょうか?」

それに対してまず最初にいただいたお言葉は、「信じるしかないです」でした。「信じて前向きに生きる」しかないのだし、「やってみないと悔いが残る」ともおっしゃられました。正直、自分自身も「それでいいんですよ」みたいなことを言って欲しかったというのもあったかもしれません。なので、このお答えには大きな力をいただいたような気がします。


最後、講演が終わった後、会を主催された方々にちょっと自己紹介ができましたので、この地でもまた少し人脈ができてきたかなと思います。また新たな展開も考えたいですね。