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ニセ科学

朝日新聞大阪版で、先週と今週の「紙上特別講義」が大阪大学菊池誠先生による「ニセ科学」でした。ネットにはまだ記事は出ないのかなぁ〜?

CoSTEPでも菊池先生の講義「ニセ科学に立ち向かう?」を聞きました。画面で拝見した時よりも新聞の写真は、ちょっと髪がのびて雰囲気変わった感じがします。

あの時は、「科学技術コミュニケーターならばこのくらいのことは知ってて当然」とばかりに、次々に事例が紹介されました。「血液型による性格診断」や、「マイナスイオン」については知ってましたが、はっきり言って初めて聞く例もいくつかありました。すいません、家にこもってテレビも見ずに育児してたので…。そうじゃないですね、怠慢ですね。特に唖然としたのは、菊池先生が力を入れて調査された「水からの伝言」のお話でした。学校教育の場に忍び込んでいたなんて。

後半のタイトルにもなっている

大人の「願望」がかなうので、
道徳やしつけとの
親和性が高いのです。

は、なんだか重くのしかかってくるような感じがしました。私のような天文屋にはどちらかといえば、「相対性理論は間違っている」や「宇宙人がどうのこうの」系の単なる願望系なニセ科学の話を聞いてましたから(でもそれも過去の話)。けど、これってあんまり道徳やしつけとは関係ないですものね。

別にだまされるつもりも何にもないのに、子供のこと何とかしたいとか、環境に優しいものを使いたいとか、そういう、良いことをしたいという願望につけこむ、「水からの伝言」「ゲーム脳」や「××水を作るリング」などのニセ科学…。なんかもう悔しいですね。こんなバカらしいことはありません。

悔しいなら、騙されないように気をつけるべきなのです。そして、「気をつける」とは具体的にどうするかといえば、先生も書いてらっしゃるように「常識と教養」を身につけ、物事に対して考えるプロセスを破棄しないということです。

講義でとにかく印象に残ったのは、先生ご自身がいろんなルートを使って、半信半疑な人に丁寧な説明を試みていることでした。直接対話でなくても、ブログやコミュニティを使った対話の効果を示されました。まさに、双方向コミュニケーションです。

来週、先生が出された宿題、「『ニセ科学など放っておけばいい』という意見をどう思いますか?」に、どんなレポートが採用されコメントがつくのか、非常に楽しみです。

さて、私。コミュニケーターとしてニセ科学を放っておいていいとは思ってませんし、放ってるつもりもないのですが…。でも、やっぱり同罪かもしれないとも感じているところです。だって、そういうニセ科学商品を善意で買ってる人、勧める人に、「それはニセ科学ですよ」って言い出せない…。言いにくいと思ってるってことは、放っておいてもいいと思われても仕方ない行為かもしれません。この場合、問題となるのはやはり、「その人との個人的関係をどう思っているか」でしょう。「言ったら関係が壊れるんじゃないか」とか、「伝えるほどの親しい間柄でもない」とか。何びびってるんでしょうね。

しかし、(あるあるねつ造問題のように)新聞やテレビなどでバーっと取り上げられて、一度に大勢の人が「騙された!」「よく考えて判断すべきだった!!」と思ってもらうことだけが、「ニセ科学に騙されないで!」って伝える手段ではないのです。私も身近なところでこつこつと、をすべきと思って、新聞をきっかけにまずはここに書いている、といったところです。