心理学の先生から、科学技術とリスクについて学ぶ

CoSTEPの講義は、3回にわたって「科学技術とリスク」についてを取り上げました。

全て、心理学の先生による講義。ついてゆくのがやっとやっとです。言ってることがすぐにわからないし、こういうのを知ってて当たり前〜、みたいに流されてしまうようなことも。まぁ、大学の先生による専門課程の講義を聞いてるようなものですから、そんなふうに思えるのでしょうけれども。限られた情報をe-Learningの画面のみから得ているという制約もあって、もう、頭がパニックです(そんな緊張状態に、昼寝中の子供が泣いたりなんかすると〜、キャー!!)。


その上で、私を「科学技術とリスク」を縁遠く(つまりは、講義を理解しにくく)させているのは、私が、これまで、過剰なまでにリスクを避けた選択をし、行動を取ってきたから、のような気がしてなりません。それはもちろん、私自身が子供の頃からず〜っと、親から受けた教育というか、家庭の方針がベースになっています。そう、リスクについては、知ったとたんに「やめましょう」、みたいな感じ。

母は、当時から、食品添加物にはものすごくうるさい人でした。「赤何号」とかいう着色料が入っていれば、即却下。お菓子も有名メーカーのみしか買ってくれません。当然、小学校前の駄菓子屋で(変な)お菓子を買って食べた記憶もありません(シールとかは買ったりしてた)。また、これは、いつも話のネタにしてるのですが、私は、「お湯を注いで3分」のカップラーメンを今まで一度も食べたことがないんです。家で出てこなかった理由は、あのカップに熱湯を注ぐことで、危険な化学物質が溶け出してくるかもしれないし、もともと、添加物も非常に多いから、のようなことだったような…。カップはきっと耐熱基準をクリアしてるでしょうが、半分は話のネタになるので、大人の今も律義に守って、食べたことない歴を更新しております! 食べ物はなるべく生協で購入(そういう意味では、生協ブランドを信頼)。あと、自家用車もありませんでした。高校の自転車通学では、ただ一人ヘルメットをかぶらされ、大学入学で一人暮らしをするにあたっては、値段が高かろうが、男子禁制・門限11時の女子学生会館を住むところに選ばされました(天文やってたっていうのに)。もう、書いても書いても書いてもきりがないくらい、とことん、リスクの少ない選択をしてきたのです。そんな母は今、完全無農薬・無化学肥料の野菜作りにはまっています。当然ながら、ものすごい雑草や虫と戦う毎日です。

もう、どこから見ても「やりすぎ〜!」と思うそんな生活スタイルですが、その方針から、大事な子供には微塵も苦しい思いをさせたりしないよう、そんな気持ちが伝わってきます。多かれ少なかれ、きっと、世の「母親」はそういう気持ちを子供に対して抱き、リスク最小限な生活を選ぶでしょう。特に最近は、1〜2人の子供を、大事に大事に育てる時代ですから。

そんな暮らしですから、実家では、とりあえず、親しい人が何と言おうと、科学者が何と言おうと、まだよくわからない新しい技術、なんだか危なそうなもの、怪しいものはみんな避ける、そんな状態でした。きっと、母なりに、情報収集した上での判断なのでしょうけど。そして、私もそこまで過激でなくても、リスクと聞けば、やっぱり避けたくなってしまいます。ましてや今も私は2児の母。子供にリスクはできるだけ与えまい、と考えてる方です。

さて、そんな私が、科学技術に関わる問題について、リスクコミュニケーションができるのか? となると、とっても自信がありません。簡単に言ってしまえば、食でも、原子力でも、自動車でも、少しでも危なそうなものは「やめといた方がいいんじゃないの?」と言ってしまいそう。こんな奴が、科学技術と共存できるのか?ってくらい、(少なくとも頭の中では)保守的かもしれません。

そんなわけで、3つの講義を聞いてきたわけですが、そのあたり(リスクはやっぱりいらないよ)で私の思考はついつい、止まってしまうのです。

でも、それじゃぁレポートは書けないし、講義を聞いた意味がありません。

まずは、これらの講義を聞いて、人は、社会の中で、(今回は科学とリスクの問題に関して)、どう心が動いて行動するのか(つまりは心理学?)、ということを、理論と実際の両方を初めて知って、非常に勉強になりました。コミュニケーションの複雑さ、もそうです。

コミュニケーターを目指すわけですから、将来は、実際に何かと何かのコミュニケーションを仲介し、実際に行なうのでしょうけど、個人だったり、何かの集団だったり、それがどういう性質や考えを持つものかとか、そういうのもよく考えた上での、信頼される行動が求められるわけなのですね。あぁ、これもやっぱり心理学かぁ〜。

こんな私も実際は、なるべく買わないようにしてる遺伝子組み換え食品も、きっとたくさん生活に紛れ込んでいるでしょうし、自動車だって必要だから乗るし、授乳中だって、医師が出せば薬も飲んだし、生活が科学技術や全体の社会と切り離せないように、リスクがつきまとうこともたくさんやっているのです。

頭の中で「イヤだな」と思ってることと、実際の行動と、よく照らし合わせることも、私の中でのコミュニケーションなのかもしれません。そして、いざ、話題にする時は、科学を学んだ者として、リスク問題もきちんとわかってから議論に加わるようにする必要があるのではないかと。そして、よく考えた上で「やっぱりこんなリスクは嫌だよ」という問題については、もっと、働きかけるなどのコミュニケーションを深めてゆく必要があるのでしょう。

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などという(まだまだ甘い)考えをつらつら書いてる間に、講義はもう既にGMO問題に移っております。

「GMOって何? GMC(Giant Molecular Cloud:巨大分子雲=重たい星も誕生するガス雲)なら知ってるけど。」

とか言ってる場合じゃないんですけど〜。>自分